HPをご覧いただきありがとうございます。代表シンと申します。京都に住む日本人です。

「シンさん」と呼ばれてています。
現在、一人で日本語会話ボランティア「ちからもち」を運営しています。このページでは、私の「これまでとこれから」そして、ボランティアを始めた「きっかけ」を紹介しています。
1話.「忙しい。」
私が小学生の時、テレビで「外交官になりたい!」と、夢を語っている小学生がいました。同い年の小学生が世界のかけ橋を目指している姿を見て「かっこいい」と思いました。その頃から、「大人になったら外国と繋がる仕事がしたい!」という憧れを抱いていました。
その影響もあって、小学校6年生の時、なんとなく学校の図書室でイタリア語の本を借りたことを覚えています。
Ciao.Sono giapponese.
この2文だけ覚えました。しかし、「覚えたけど…使う時ないやん!」という急に冷静な気持ちになってすぐに本を返却しました。
なんとな~く外国に憧れた中学生…高校生…大学生…そして、社会人になりました。
「英語を話せる人になりたい。」
↓
「よしっ!英語を勉強するぞ。」
↓
「忙しい。」
↓
何も成長せずに諦める。

ずっとこの繰り返し…。
「大学卒業までにTOEIC400点…。」
「25歳までにTOEIC400点…。」
「30歳までにTOEIC400点…。」

言い訳ばかりの人生でした…。
2話.「これが最後!」
私は小学校教員として13年間(22歳~35歳)まで勤務していました。教員という仕事に真剣に打ち込むことで、「語学を勉強する余裕がない。」という言い訳を作るようにしていました。
小学校教員としての毎日は本当に充実していました。しかし、10年目を過ぎた頃から「先生の仕事は好き。楽しい。だけど、このまま夢を諦めた人生でいいのか…。」という自問自答を繰り返すようになっていきました。この葛藤した気持ちは、年々強くなりました。

「これが最後!」
私は最後に1度だけ、自分の夢と向き合う覚悟を決めました。「仕事をしながら勉強する!」「これで何も結果を残せなかったら悔いなく諦める。」と決意しました。その時、久しぶりに全身にパワーが漲り、心の中が燃えるように熱くなりました。

「さぁ!やるぞ!」
3話.「韓国語を開始。」
英単語を覚えることばかりをしていて、失敗を続けてきました。根本的に勉強の仕方を変える必要がありました。そして、私には小さな成功体験が必要でした。とにかく自分に自信がなかったからです。語学を勉強して「頑張った!」と言えることを何か1つ作ることを目指しました。

「もう同じ失敗をしたくない…。」
色々考えた末、私は英語を辞めました。そして、「韓国語」を始めました。大学時代、ほんの少しだけ韓国語を勉強したことがありました。そのため、なんとなく文字を読むことができました。しかし、文字を見ても文の意味は何も分からない状態からのスタートでした。
そこから自分なりの勉強を模索しながら勉強を続け、ハングル能力検定5級に合格までの記録できました。社会人になって以降、初めて「合格」という経験をしました。

「結果を残せた!」
実は私の勉強のモチベーションを支えてくれたのは、世界中の方と交流できるアプリで繋がった韓国人の方でした。その韓国の方は、私が全然韓国語を話さないことをくみ取って、日本語を交えながらゆっくり話してくれました。「今日は挨拶だけ!」「少し自己紹介できる?」というスモールステップで関わってくださいました。実際に韓国語を使って話せる時間ができたことが私の学習のモチベーションとなりました。その韓国の方に、今でも感謝しています。
4話.「手話との出会い。」
準備中
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